『グラスホッパー』は、伊坂作品11作目の映画化となりましたが、
受け入れた決め手は何だったのでしょうか?

「映画化したい」と言っていただけるのは、とても嬉しいことですが、映画の影響力のすごさを知っているがゆえの恐さもあります。なので、何度か訪ねて来てくださっても、大変さをしっているがゆえに……というのはありましたが、「もし瀧本監督がやってくれるなら」と希望を伝えました。そして本当に、瀧本さんに引き受けてもらえたのは、嬉しかったですね。もともと『犯人に告ぐ』や『イキガミ』、瀧本監督作品が好きで観ていて。最近の『脳男』は原作も好きでしたし、映画も楽しみにしていて観に行ったら、やっぱり良くて。デビュー作の『樹の海』とかもすごくいいんですよね。
『グラスホッパー』って、殺し屋の話で、現実味がなくて、どこか漫画っぽいところもあるので、映像化するなら現実味のある重厚さが必要となってくると思うんです。瀧本さんのような人間ドラマを描くことに長けた人が撮ってくれたら、きっと重厚な人間ドラマになると思いました。

『完成した映画をご覧になった感想も聞かせてください。

面白かったです。映画を観るときは自分の小説の映画化というよりも瀧本監督の新作として観たので、ああ、面白い新作だったなぁと。でも、後から考えるとあらすじ知ってたなぁって(笑)。あと、恐かったです。蝉とか、躊躇することなく人を刺して殺していくじゃないですか、なんで僕はあんなに恐いシーンを書いちゃったのかなって、反省しました(苦笑)。小説を書いた10年前はまだ自分に子供はいなかったりして、もう少し気楽に、格好いい殺し屋を書いてみたくてこの小説を書いたわけですが、子供が生まれて父親になると、世の中は平和であってほしいと思いますし(笑)。だから今は、あんなに刺しちゃダメだよぉ……と思ったりもして。でも、怖かったですけど、面白かったです。生田さん(鈴木)と波瑠さん(鈴木の婚約者=百合子)とのシーンも、ほんわかしていてすごく良かったです。原作では、鈴木の妻という設定で、2人の想い出話はそんなに書いていなくて。そっか、彼女は給食の人だったんだ! とか、設定も良かったですし、2人のエピソードが加わることで物語のバランスが良くなっていました。

この『グラスホッパー』に出てくる殺し屋は、自殺屋とか押し屋とかとてもユニークですが、そういった殺し屋はどうやって生まれたのでしょうか?

鯨の自殺屋は、作家としてデビューする前から思っていたことなんです。嫌な話ですけど……たとえば、政治家の方が自殺しました、というニュースを見ると、いろいろ妄想をするわけです。僕が陰謀論好きということもあって、その死の背景には何かあるんじゃないかと。で、もしも鯨みたいな人がいたら自分も自殺しちゃうだろうなって、そうやって生まれたキャラクターです。押し屋については、駅のホームに落ちてしまう事故がありますよね。そこに押し屋のような人がいたら……と、また妄想です。そういう妄想(=アイデア)から作ったキャラクターですね。今は恐くて書けないです。若かったんでしょうね(笑)

ということは、伊坂先生が感じている恐怖を
キャラクターに反映させているということですか?

そう、ですね。僕の本はだいたいそういう恐さがきっかけだったりします。でも、自殺屋って、ふつうに考えたらありえない人たちじゃないですか。それをどうやって地に着けていくか、その作業が好きなんです。なので、小説では“殺し屋”とか“悪の組織”とか、現実的ではないふわふわした言葉を使わずに書いています。“業者”とか呼んだり。主人公の名前が鈴木とかありふれているのもそういう理由です。

濃いキャラクターたちのなかで、中心人物はものすごく普通な男、
平凡な男というのも面白いですね。

そういう設定も好きなんです。僕自身はごくごくふつうの人間で、そんな自分が小説を通して冒険に巻き込まれていく、それがフィクションの喜びで。普通の人が事件に巻き込まれるためにはどうするかを考えていくのが楽しいんですよね。

鈴木を生田斗真さんが演じると聞いたときの感想を聞かせてください。

『脳男』(生田さん主演)を観たときは、すごい役者さんがいるんだなぁと思っていました。でも、『脳男』の生田さんを観る限り、彼ならどの役でもいいじゃん! と。蝉でも鯨でも槿でもどの役でもできそうなのに……と思いましたが、生田さんの演じる鈴木、本当に普通っぽくて良かったです。あと、ものすごく運動神経がよさそうなのに、この映画では運動できなさそうな動きをしていたので、関係者試写のあとでそのことを聞いたんです。サッカーをやっていたそうで、映画のサッカーシーンで下手に見せるのが大変だったって言っていました(笑)。あのシーンのコミカルさも本当にちょうどいいんですよね。嫌みがなくて。

蝉の相棒である岩西の敬愛するアーティスト、ジャック・クリスピンについても伺わせてください。彼のセリフがこの映画のテーマのひとつになっていますね。

「死んでいるみたいに生きていたくない」というやつですか? いや、作中で、「ジャック・クリスピンがそのレトリックを最初に使った」と書きましたけど、歌手の渡辺美里さんの曲名にもありますし、ほかの方の歌詞にもあったりして、だからこそ普遍的な言葉だと思って使ったんですよね。ピックを最初に投げたのが彼だ、というのと同じノリで。ただ、それがこの間、ジャック・クリスピンの名言みたいに言われて、焦っちゃいまして。それはもともとある言葉ですし、名言というつもりじゃなくて。むしろ、それを受けたラストの、「生きてるみたいに生きるんだ」という馬鹿馬鹿しい言い回しのほうが、僕の言葉です。

ジャック・クリスピンが生まれたいきさつを聞かせてください。

ジャック・クリスピンは架空の偉人、ミュージシャンです。デビューして数作、小説のなかにいろんな方の言葉を引用していたんです。僕が言うと偉そうだけれど、昔の人も言ってるよ、というようにしたら受け入れやすいかなと思って。でも、それが知識のひけらかしのように捉えられることがあったんですね。なので、だったら架空の歴史の人物を作ってしまえばいいのではないかと思って、ジャック・クリスピンを作りました。
殺し屋というシビアな仕事をしている人が、何か真に受けているものがあるって、傍からみるとバカバカしいじゃないですか。岩西にとってはそれがジャック・クリスピンで、蝉にとってはシジミの砂抜きなんです。そういう設定を加えることで、キャラクターに柔らかい一面ができるんです。

小説では文字だけで描かれていたジャック・クリスピン、映画ではジョン・スペンサーさんがジャック・クリスピンとして挿入歌を作って歌っています。ジャック・クリスピンの曲を聴いて、どんな感想を持ちましたか?

すごく嬉しかったです。びっくりしました。誰に曲を頼むか決めるときに、制作サイドから「ジャック・クリスピンはどんな人ですか? どんな曲ですか?」と聞かれて、「外国の人で、たとえばジョン・スペンサーさんみたいな感じですかね」と答えたんです。ジョン・スペンサーさんが好きだったのでたとえばで彼の名前を挙げたのに、そのままジョン・スペンサーがOKしてくださって、もうびっくりしました。彼が引き受けてくれたと知ったときは、あまりの嬉しさに大声出しました(笑)。
作ってもらった曲“Don’t Wanna Live Like The Dead”は、(バンドとしての)ジョン・スペンサーの曲にはあまり見かけないバラードだったのもまた良くて。自慢したいです。

いい曲でした。ちなみに、蝉のこだわりであるシジミはなせシジミだったのでしょうか?

この小説を書いていたとき僕は結婚していて、妻が働いていたので、僕が味噌汁を作る係だったんです(笑)。で、シジミの味噌汁を作るときに、なんか残酷な感じがしたんですよね。まだ泡を出して生きているのに味噌汁にするって、なんか申し訳ないなと。その時の、シジミの泡、呼吸のぷくぷくというのが好きだったんです。そして、こんな小さなシジミもちゃんと生きているんだなぁということを描くことで、蝉に奥行きが出せるんじゃないかなと。で、本を出したときにシジミブームがくるぞ!って思っていたのに、ぜんぜん来なかった(笑)。この映画をきっかけに、今度こそブームが来てくれるといいですね(笑)。

聞き手:新谷里映